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アーサー物語 / 2009-06-11

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2009-06-11 Thu

第 2 章 - 02

 ローマが揺れている。それを伝えてきたのは、マーリンの手の者だった。
 マーリンは、いつしか忍びの技を持った者達を抱えるようになっていた。
 ロンディニウムはともかく、ローマ本国のことなど、とアーサーは思っていたが、それを諭したのもマーリンだった。
 マーリンは、書簡で、アーサーはブリタニア総督直属であり、そしてブリタニア総督はローマ皇帝直属なのだ、ということを書いてきた。つまり、アーサーの二つ上はもうローマ皇帝なのだ。
 何も言わなくとも、伝えなくとも、マーリンはアーサーの考えていることを巧みに読む。そして、諭す。それが煩いと思わないでは無かった。しかし、マーリンのいない自分というのも全く考えることが出来なかった。
 マーリンは、ローマの政治がブリタニアの扱いで揺れていることを伝えてきた。
 もともと、ブリタニア総督のコンスタンティヌス三世は、ローマ中央とはよくないのだという。
 そこに、ローマ本国の政治の揺れが被さってきている。ローマの中に、帝国を東西に分割すべしという議論が興っているのだという。
 そして、統一派はブリタニアの継続確保を主張し、分割派はブリタニア放棄を主張し、そこに本国のコンスタンティヌス三世への不信が重なり、議論は纏まることが無いのだという。
 そもそも、コンスタンティヌス三世は、前のローマ専制王朝の子孫だったし、ローマの分割騒動も、現皇帝の皇子達の権力闘争から来ているものらしい。
 話だけを聞いても、何が何だか分からない争いだった。
 この件について、マーリンは事実だけ伝えるのみで、何をどうしろと言ってくることは無かった。自分で考えろとでも言うのか。
 いずれにせよ、アーサーがローマ本国の議論に口を挟むことなど出来ない。ローマにおいて相応の地位があるアーサーだが、ブリタニアの扱いの微妙さというものもあるし、そもそも距離がありすぎる。
 となると結局何も出来ないのだ。ただ、ローマでの争いを利用してロンディニウムの連中がアーサーに何か横槍を入れてくるという事態は考えられた。
 それに対しては、隙の無い優秀な将軍として振る舞うことしか対策は無かった。
 マーリンが伝えてくる様々のことで、アーサーにも政治が何かということが少しずつ分かってきていた。将軍は、軍を精強に保って戦に勝てばそれでいいというものでも無いのだ。
 雑事に追われるうち、アーサーとランスロットは二十七歳になっていた。アーサーが将軍になってから、三年半があっという間に経っていた。もう自分も青臭い子供では無いという意識がアーサーには芽生えていた。
 戦も、三年半で四回参加した。アーサー軍は、東海岸から上陸するサクソン人の迎撃が任務となっていたから、参加した戦は全てサクソンが相手だった。
 最初、アーサーは、水際で迎撃するという従来のやり方ではなく、敵を分断してある程度内陸に引き込んでから撃滅するという戦をやった。
 一度目は、自分で前線に立った。
 二度目は、後方から隊を動かすという形の指揮を執った。直属の歩兵は軍営に留めた。
 それは、ランスロットに言われたことだった。アーサーは将軍の戦を覚えるべきなのだと。アーサーは変っていく自分を感じた。ランスロットは、変わらなかった。騎馬隊を率いて前線を駆け回っている。
 三度目はそうも言っていられなかった。アーサー軍を大きな障害と見たサクソンは、二万五千の大軍をフォークストーンの海岸から送りこんできた。アーサーも歩兵を率いて前線に出た。誰にも何も言わせなかった。
 敵軍二万五千の上陸を待って、全軍同士での対峙に持ち込んだ。対峙してからは、動かなかった。敵が先に痺れを切らした。迎撃戦。二万五千を、徹底的に打ち破った。二千以上は討ち取った。
 四度目は、普通の侵攻だった。ランスロットを先鋒として出し、先行部隊を蹴散らさせただけで勝負が決った。それが、一年前の戦だ。以来、サクソンはブリタニアに侵攻を控えている。かわりに、北方の蛮族の攻撃が盛んになっていた。
 三度目の戦の後、アーサーは副官の、ケイ・ロイ卿を上級将校に上げた。歩兵隊の指揮官である。ケイは名字は違うが一族で、将軍となったアーサーを慕って軍に入ってきたのだった。幼いころは、よく一緒に遊んだ。三歳下である。下に置いてみて、指揮の力があり、そして粘り強さもあることが分かった。
 三度目の戦では、アーサーの監督のもと殆ど歩兵を指揮させ、将校や隊長達に上級将校たると認めさせた。ケイに必要なものは、そういうものだけだった。
 浮いた形のマーリンは無任所将校とした。その任命の為に、一度だけマーリンをフォークストーンに呼んだ。マーリンは一言、また面倒を押し付けるのですね、と言った。
 無理を通すのにマーリンに苦労をかけているのは分かっていたが、二万五千を破ってもろくな恩賞も無いのだから、それくらいは出来て当然だとアーサーは思っていた。アーサー軍は、一万から増えることは無かった。
 ケイが加わったことで、円卓に座る騎士は、アーサーを含めて、六人になった。尤も、その中の一人のマーリンは、殆どロンディニウムから戻ってこないのだが。
 この戦の無い一年は、アーサーはロンディニウムにいることも多かった。ロンディニウムの廷臣と繋がりをつくるのも必要だということが分かってきていた。それに、ロンディニウムに行けばマーリンと直接話すことも出来るのだ。
 外から見るロンディニウムは、直接戦う訳でも無いのに軍人に煩いことを言ってくる、というような印象しかなかったが、ロンディニウムにいれば、なぜ廷臣達がそういうことを言うのか、彼らの論理も見えてきたし、その廷臣の中にも気持のいい男がいることも分かった。
 ユーウェイン卿、ルーカン卿、パロミデス卿とった者達が特にアーサーの心を掴んだ。いずれもまだ若い廷臣で、アーサーと殆ど変わらぬ歳の者達だった。
 そういう諸卿とは個人的な繋がりはあったが、アーサーはロンディニウムでの立場は、マーリンの努力にも関わらず、あまり確固たるものではなかった。
 だから、ローマの動きというのは看過出来なかった。今すぐやれることは軍をちゃんと引き締めておくことぐらいだが、それはもう十分にやっていたし、それ以上のこととなると、もっと情報が欲しかった。
 ローマの分割統治という案に対し、ロンディニウムのどの廷臣がどういう意見を持っているか、調べるようにというマーリンへの指示をマーリンの手の者達に握らせた。
 「こちらで御会いするのは、久し振りですな、殿」
 マーリンがフォークストーンの軍営を訪れたのは、指示を握らせた五日後だった。奥の部屋に通して話を聞いた。指示が届くと即座に進発し、こちらに向ってきたということになる。雨の日だった。
 「ロンディニウムの重苦しい空気が嫌になったか?マーリン」
 「いえ、むしろ私にはああいう空気が似合っているようです」
 マーリンの目には、いつの間にかに凄みが増していた。
 「して、どういう用だ」
 「そうですね。殿も変わられたものだと思いまして」
 「はぐらかすな」
 「それが、大切なことなのですよ。戦場で敵を、どう蹴散らすか。もっと言えば、ランスロット卿を戦場でどう凌いでいくか。そういうことばかり考えておられた殿が、気付けば中央の政治をどう探るか、そんなことについて具体的な指示を出してくるようになった」
 「まあ、俺もいつまでも子供でいられないことぐらいは分かっている。しかし、そんな皮肉のようなことを言うためだけに、フォークストーンにまで来たというのか?」
 「一つ、尋ねたいことがございまして」
 「ほう、何だ」
 「殿は、何を望まれますか。殿の夢とは、何ですか」
 己が夢。夢は、ある。そう思っていた。それが何かは、ぼんやりとして見えていなかった。あえて考えてこなかったとも言える。
 「俺の夢か。俺の夢は、頂点に立つことだ」
 口を衝いて出た。言ってしまえば、簡単なことだった。考えるまでも無い、夢だ。
 「そうですか。ならば、私は安心して働けます。殿には、頂点に立つ男になってもらいます」
 「俺も聞きたいことがある。何故、お前程の男が俺に仕えるのだ?手を汚すような真似をしてまで」
 「殿が、頂上に立ちたい、などと臆面も無く言うよな男だからですよ」
 そう言って、マーリンは笑った。アーサーも笑った。
 「そうか。マーリン、酒でも飲んでいかぬか」
 「いえ、ロンディニウムに戻らさせて頂きます。ロンディニウムの政治も、今、なかなかに複雑なのですよ。時が惜しい。それに、酒なら、私などよりもランスロット卿などと飲まれた方が楽しいでしょうな」
 「まあ、たまには俺のところに酒でも飲みにこい。そういうのも悪く無い、という気がするぞ」
 マーリンは、部屋を出ていった。アーサーは、追って部屋を出た。
 マーリンの姿はどこにも無い。気配も無い。まるで魔術。

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最終更新時間: 2009-06-11 15:06