/ / 最新 / 2009-06

アーサー物語 / 2009-06-09

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

2009-06-09 Tue

第 2 章 - 01

第 2 章 - 円卓の騎士

 アーサーは、将軍になった。総督直属である。軽騎兵を追い払って勝利を得たことを功された。ブリタニア総督コンスタンティヌス3世とも初めて顔を合せた。
 ブリタニアローマ軍史上、最年少の将軍だ。全ローマの歴史を見ても、アーサー程若い将軍は少ない。
 尤も、攻撃が前提の編成のローマ本隊と防衛を主目的としたブリタニアローマ軍を比較することに意味は無いのだが。
 前の将軍は、転任が決っていた。そして、自分の後任にアーサーを指名したのだと言う。
 将軍ともなると、それなりに発言力も出てくる。コンスタンティヌス3世に直接諮って兵は一万まで増やし、軍営の位置も内陸部からフォークストーン郊外に移動した。
 コンスタンティヌス3世は、総督としては武断的すぎる男だったが、アーサーは悪い印象は持たなかった。向うの方でもアーサーを気に入ってくれているようで、様々の面で心尽しを受けていると言ってよかった。
 リーバイ・カー以下の上級将校は、将軍と共に騎馬隊を指揮していた男は将軍に伴なって転出し、リーバイ・カーは休養という形で軍を離れるようだった。そして、軽騎兵の襲撃で手負ったもう一人の上級将校は、あの戦の二週間後に死んでいた。
 そうなると、上級将校が決定的に不足するということになってきた。一万の軍を通常の編成から大幅に変えて編成した。一隊は、通常の編成で、騎士が一千で歩兵が千五百である。これは、降将ボールス・ド・ゲイネス卿に指揮させることとした。
 ボールス卿は先の戦でサクソンの軽騎兵を率いていた男で、本来の能力は騎馬と歩兵を組合せた戦にある男だった。ボールス卿本人は部下の騎士の助命と騎士として尊厳ある死を望んだが、その尊厳をアーサーが借り受けた形で部下にした。サクソンの為、というよりは戦の為に戦をするような男に見えたからだ。
 ボールス卿はアーサー軍の内部では上手く言っているように見えた。しかし、サクソンの蛮人を将軍に次する将校として使うことに、ロンディニウムの連中を中心にアーサーへの非難はいくつかあった。
 その全てをサクソン人といえどボールス卿は誇り高い騎士であり、またその任命責任者であるアーサーはブリタニア総督直属の将軍である、という論理で跳ね返していた。
 そして、残りの部隊が特殊な編成になったいた。まず、後方支援の部隊を二千にまで増強した。軽騎兵の襲撃を受け軍営が陥落しそうになったという反省からである。
 後方部隊は、戦闘部隊ではないという扱いだったが、アーサー軍ではこれを軍営の防衛および部隊への補給を行なう戦闘部隊という扱いにした。軍営の防衛および前線までの補給をこの二千に統括させる。指揮は、ガウェイン卿に依頼した。ガウェイン卿は、快くこれを受けてくれた。
 そして全く新たに指揮したのが、軍営着きの情報通信部隊である。足の速い者や馬を上手く乗りこなす者を集めて五百の部隊を編成した。斥候および部隊間の連絡専任の部隊で、耐障害性の強い情報通信網を構築することを期待していた。これは、先の戦で軍営に危機を報せたトリスタン卿を引き抜いて指揮官とした。
 ガウェイン卿とトリスタン卿も、上級将校の格である。
 ランスロットには、騎馬隊を任せた。騎馬だけで、二千騎の部隊である。ランスロット重騎兵と軽騎兵の中間の様な騎兵を考え、調練しているようだった。
 そして、歩兵ばかり三千の部隊も編成した。これの指揮官はマーリンということになっているが、実際はアーサーの直属部隊だった。
 ランスロットとアーサーの部隊は既存の二千五百編成の部隊を二つあわせて割るような形で編成したから、特殊な編成にも関わらず、比較的短期間で実戦に耐えうる練度を得ていた。
 そして、アーサーの隊の名目上の指揮官であるマーリンは、実際にはロンディニウムについていた。
 アーサーが好き勝手なことをやっていると、廷臣や他の将軍からいろいろと非難が出てきた。アーサーはその全てを撥ね除けようとしたが、それを止めたのがマーリンだった。気骨を張るべきところとそうではないところがあるとマーリンは話した。
 アーサーは、武人として正しいことをしているという意識があったからマーリンの意見には頷き難いところがあった。しかし、自分とマーリンが対立した時、大体正しいのはマーリンだった。
 マーリンがロンディニウムでどういう動きをしているか、アーサーは知らないようにしようと思った。マーリンの手の者とも言える兵が、ロンディニウムとフォークストーンを往復しているようだったが、それも気にしないことにした。
 マーリンがロンディニウムに入り、三ヶ月もすると、廷臣どもから何かを言われる、ということも大分減った。
 こういう体制を整えるだけで、一年が経っていた。ブリタニアは、束の間の平和だった。だから、編成がどうのということも悠長に考えていられた。
 軽騎兵という新戦略を潰されたサクソンは、あれ以来侵攻を控えていた。その反面攻勢はハドリアヌスの長城の向いの蛮人の地には積極的に攻勢をかけているようで、結果としてハドリアヌスの長城を越えて北方の蛮人が攻め入ってくるということも無かった。
 軍の編成が整うと、アーサーは軍営内部のことに取り掛かった。まず、会議のやり方を変えた。
 アーサーから上級将校達に議題を伝え、各部隊の将校や隊長達の意見を上級将校に吸い上げさせ、それを以って上級将校とアーサーのみで会議を行なう、という形である。
 従来のやり方では、結局下級将校に発言の機会があまり回ってこないのだ。発言出来ない者がいる会議は、無駄だ。アーサーやガウェイン卿はあくまで例外だった。それなら、部隊内だけの会議を先にやらせた方が結果としてはより多くの者の意見を吸い上げることが出来る。会議一つ一つはあまり多人数にならないから、戦に重要なひらめきのようなものが潰えることもない。
 上級将校以上だけの会議を行なう部屋では、会議卓に円卓を使った。誰がどこに座るというのも、定めない。上下の別など気にせず大いに発言を交せる会議であればいいと思ったからだ。尤も、今のアーサー軍の面子ではそういう事を気にする必要はなかった。今後のことを考えてである。
 円卓は、十三個の席を用意した。アーサーと、十二人の騎士が座ることが出来る。
 男として生まれたのならば、それくらいの数の優秀な騎士を率いてみたいではないか。

[ 固定リンク ]

2009 : 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12

最終更新時間: 2009-06-11 15:06