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2009-06
アーサー物語
第 1 章 - 08
遅れる兵が出ている。それは、分かっていた。
「マーリン、最後尾につけ」
それだけを、言った。
「四百と思って下さい」
それだけが、返ってきた。
マーリンは遅れる兵を纏めて、第二隊を編成するつもりだろう。そして、その遅れる兵が六百のうち二百ということだ。
アーサーは、自分の足で駆けていたから、兵の状態がどういうものか、躯で分かっていた。
駆けられる兵は、まだ駆けられる。しかし、そろそろ無理な兵も出てくるころだろう。
遅れる兵が出るからと言って、足を緩める訳にはいかない。
二倍の兵力で、しかも狡知を極める指揮官が率いる騎馬隊を、いつまでもランスロットに相手をさせる訳にはいかない。
最後の一人になるまで耐えるのが、ランスロット・ヴァルカである。だからこそ、一刻も早く歩兵が駆けなければならないのだ。
まだ駆けられる。自分は、まだ駆けられる。兵は、どうなのか。
少しずつ歯抜けが出ている。それは、マーリンが上手く纏めていることを願うしかない。アーサーは、後ろは振り向かないようにした。
自分は、まだ余裕がある。もっと速く駆けられる。それははっきりと分かった。駆けることは、得意だった。しかし、兵達がこれ以上の速さで駆けられないことも分かった。
自分一人でランスロットのところに着いても、何も意味は無いのだ。自分のような男が戦場に一人居ても、意味は無い。ランスロットと違って、自分は兵を率いて初めて価値のある男なのだ。
ただ、駆ける。軍営の方角。地形。兵達の状態。考えるのはそういうことだけだ。駆けることに必要なことだけを考える。
あの丘。越えれば、軍営が見える。アーサーは振り向いた。自分の前にいる兵、後ろにいる兵、併せて四百程。
丘を駆け上がる。頂上。騎馬隊同士の戦いが見えた。
三百騎、四百騎、軽騎兵。五十騎程のランスロットの重騎兵が、七組。
ランスロットは、凄まじい動きで倍の敵を引き回している。
剣は、抜かない。先頭にも、立たない。そんなことは、得意な者にやらせればいい。自分は、自分の出来ることをやる。
歩兵を小さく纏めた。行軍の態勢から、攻撃態勢への素早い展開は、散々調練してきたことだ。
隊長達に更なる指示を出す。丘を、駆け降りる。平原を、駆ける。
ランスロットに引き回されていた、四百騎。敵の騎士の顔まではっきりと見えた。
踊り込む。
まともな突撃なら、騎兵より、歩兵の方が強い。ただ、ここまで上手く当てられることは、少ない。
ランスロットに引き回されている敵が相手だったから、出来た。
一気に崩れる。崩れて逃げたのか。
四百騎、三百騎、合流。ランスロットが自身で率いている五十騎へ向う。
歩兵で止めるのは難しい。迂回。それで追い付けないのは分かっている。
ランスロットは五十騎を十騎ごとに展開させた。自身は一人だ。
七百騎が、ランスロット一人へ向う。十騎に分かれた五十騎が、纏まりなおしている。
ランスロットと七百騎がまともにぶつかる。先頭の男の剣とアロンダイトが斬り結ぶ。ランスロットの横に二騎が回りこんだ。アロンダイトのひらめき。その二騎が一瞬で馬から落ちる。
五十騎が、他の五十騎の部隊を全て纏めあげて、猛然とサクソンの軽騎兵の側面に踊り込んだ。サクソンの軽騎兵は、散ることで、その攻撃をかわした。
再び七百で纏まった。歩兵に、正面から突っ込んできた。四百と数が少ないのを読んでいる。
突っ込む寸前で、軽騎兵は馬首を返して、攻撃を中断した。
そして、そのまま、離脱してゆく。
アーサーは歩兵だから、追いようがない。ランスロットも、追う余力は無いようだった。
何故退いたのか。アーサーが背にしていた丘。その上に、マーリンと二百の歩兵がいた。思っていたより遥かに速かった。
「すまん、やられた」
「なんのことだ」
「四十騎程、倒された」
「犠牲か。しかし、敵も六十程の屍体をこの原野に残したようではないか」
「兵力は半分なのだから、二倍以上の損害を与えねば話にならん」
「おい、ランスロット、歩兵のことを忘れてはいないだろうな。歩兵はまだあまり犠牲を出していない。歩兵を併せれば兵力は未だ一千に近い。それに、半数の兵力で長駆の後の攻撃を命じたのは、この俺だ。もしその四十という犠牲が多過ぎるものだったとしても、責任は俺にある。言っただろう、俺は残酷な指揮をする、と。そしてその指揮の責任を自分で取ることは出来る」
「お前の責任だと俺が思う訳にもいかんが、その言葉だけは受け取っておこう」
「それよりも、ガウェイン卿が心配だ、軍営に向おう」
アーサーとランスロットは部隊を隊長達に任せて軍営に向った。アーサーも馬に乗った。
軍営。設備などは、殆ど毀れていない。
ガウェイン卿。アーサーとランスロットに気付いて出てきたのか。全身に傷を負っていた。
「助かった。一時は、どうなることかと思ったな」
「軽騎兵とぶつかる時に、完全にここのことを忘れていた。俺の失策だ」
「まあお前達に恨み言は言わん。半端な作戦自体に問題があるんだからな。将軍がもうちょっとしっかりしていればあの将校達に押されることも無いのだろうが」
「ここの将軍は調整型の指揮や人事で将軍になった男だ。前例の無い場では力を発揮しきれないのだろう」
「アーサー卿、俺からは、傲慢な男と見えていたが、そうやって人を立てることもあるのだな」
それには何も答えなかった。
「して、卿らはこれからどうするのかな」
「奴等はまださほどここから離れていないはず。次の一戦で、殲滅させる」
「言ってくれるじゃないか」
「俺の歩兵と、ランスロットの騎兵。これがいれば、可能だ」
「ランスロットの戦いぶりは、見させてもらった。指揮も凄いが、ランスロットの剣が凄い。あれが最初に見えた時は、もうこれで大丈夫だと思うことが出来た」
「卿ほどの騎士に褒めていただけるとは、光栄です」
ランスロットが初めて口を開いた。
「いずれにせよ、次で軽騎兵は仕留めます。これ以上暴れさせると戦線が持たなくなる」
「でしょうな。後方部隊の犠牲は百に達する。次の一撃でここは陥ちる」
軍営の外の空。雨が降っていた。
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