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ローマが揺れている。それを伝えてきたのは、マーリンの手の者だった。
マーリンは、いつしか忍びの技を持った者達を抱えるようになっていた。
ロンディニウムはともかく、ローマ本国のことなど、とアーサーは思っていたが、それを諭したのもマーリンだった。
マーリンは、書簡で、アーサーはブリタニア総督直属であり、そしてブリタニア総督はローマ皇帝直属なのだ、ということを書いてきた。つまり、アーサーの二つ上はもうローマ皇帝なのだ。
何も言わなくとも、伝えなくとも、マーリンはアーサーの考えていることを巧みに読む。そして、諭す。それが煩いと思わないでは無かった。しかし、マーリンのいない自分というのも全く考えることが出来なかった。
マーリンは、ローマの政治がブリタニアの扱いで揺れていることを伝えてきた。
もともと、ブリタニア総督のコンスタンティヌス三世は、ローマ中央とはよくないのだという。
そこに、ローマ本国の政治の揺れが被さってきている。ローマの中に、帝国を東西に分割すべしという議論が興っているのだという。
そして、統一派はブリタニアの継続確保を主張し、分割派はブリタニア放棄を主張し、そこに本国のコンスタンティヌス三世への不信が重なり、議論は纏まることが無いのだという。
そもそも、コンスタンティヌス三世は、前のローマ専制王朝の子孫だったし、ローマの分割騒動も、現皇帝の皇子達の権力闘争から来ているものらしい。
話だけを聞いても、何が何だか分からない争いだった。
この件について、マーリンは事実だけ伝えるのみで、何をどうしろと言ってくることは無かった。自分で考えろとでも言うのか。
いずれにせよ、アーサーがローマ本国の議論に口を挟むことなど出来ない。ローマにおいて相応の地位があるアーサーだが、ブリタニアの扱いの微妙さというものもあるし、そもそも距離がありすぎる。
となると結局何も出来ないのだ。ただ、ローマでの争いを利用してロンディニウムの連中がアーサーに何か横槍を入れてくるという事態は考えられた。
それに対しては、隙の無い優秀な将軍として振る舞うことしか対策は無かった。
マーリンが伝えてくる様々のことで、アーサーにも政治が何かということが少しずつ分かってきていた。将軍は、軍を精強に保って戦に勝てばそれでいいというものでも無いのだ。
雑事に追われるうち、アーサーとランスロットは二十七歳になっていた。アーサーが将軍になってから、三年半があっという間に経っていた。もう自分も青臭い子供では無いという意識がアーサーには芽生えていた。
戦も、三年半で四回参加した。アーサー軍は、東海岸から上陸するサクソン人の迎撃が任務となっていたから、参加した戦は全てサクソンが相手だった。
最初、アーサーは、水際で迎撃するという従来のやり方ではなく、敵を分断してある程度内陸に引き込んでから撃滅するという戦をやった。
一度目は、自分で前線に立った。
二度目は、後方から隊を動かすという形の指揮を執った。直属の歩兵は軍営に留めた。
それは、ランスロットに言われたことだった。アーサーは将軍の戦を覚えるべきなのだと。アーサーは変っていく自分を感じた。ランスロットは、変わらなかった。騎馬隊を率いて前線を駆け回っている。
三度目はそうも言っていられなかった。アーサー軍を大きな障害と見たサクソンは、二万五千の大軍をフォークストーンの海岸から送りこんできた。アーサーも歩兵を率いて前線に出た。誰にも何も言わせなかった。
敵軍二万五千の上陸を待って、全軍同士での対峙に持ち込んだ。対峙してからは、動かなかった。敵が先に痺れを切らした。迎撃戦。二万五千を、徹底的に打ち破った。二千以上は討ち取った。
四度目は、普通の侵攻だった。ランスロットを先鋒として出し、先行部隊を蹴散らさせただけで勝負が決った。それが、一年前の戦だ。以来、サクソンはブリタニアに侵攻を控えている。かわりに、北方の蛮族の攻撃が盛んになっていた。
三度目の戦の後、アーサーは副官の、ケイ・ロイ卿を上級将校に上げた。歩兵隊の指揮官である。ケイは名字は違うが一族で、将軍となったアーサーを慕って軍に入ってきたのだった。幼いころは、よく一緒に遊んだ。三歳下である。下に置いてみて、指揮の力があり、そして粘り強さもあることが分かった。
三度目の戦では、アーサーの監督のもと殆ど歩兵を指揮させ、将校や隊長達に上級将校たると認めさせた。ケイに必要なものは、そういうものだけだった。
浮いた形のマーリンは無任所将校とした。その任命の為に、一度だけマーリンをフォークストーンに呼んだ。マーリンは一言、また面倒を押し付けるのですね、と言った。
無理を通すのにマーリンに苦労をかけているのは分かっていたが、二万五千を破ってもろくな恩賞も無いのだから、それくらいは出来て当然だとアーサーは思っていた。アーサー軍は、一万から増えることは無かった。
ケイが加わったことで、円卓に座る騎士は、アーサーを含めて、六人になった。尤も、その中の一人のマーリンは、殆どロンディニウムから戻ってこないのだが。
この戦の無い一年は、アーサーはロンディニウムにいることも多かった。ロンディニウムの廷臣と繋がりをつくるのも必要だということが分かってきていた。それに、ロンディニウムに行けばマーリンと直接話すことも出来るのだ。
外から見るロンディニウムは、直接戦う訳でも無いのに軍人に煩いことを言ってくる、というような印象しかなかったが、ロンディニウムにいれば、なぜ廷臣達がそういうことを言うのか、彼らの論理も見えてきたし、その廷臣の中にも気持のいい男がいることも分かった。
ユーウェイン卿、ルーカン卿、パロミデス卿とった者達が特にアーサーの心を掴んだ。いずれもまだ若い廷臣で、アーサーと殆ど変わらぬ歳の者達だった。
そういう諸卿とは個人的な繋がりはあったが、アーサーはロンディニウムでの立場は、マーリンの努力にも関わらず、あまり確固たるものではなかった。
だから、ローマの動きというのは看過出来なかった。今すぐやれることは軍をちゃんと引き締めておくことぐらいだが、それはもう十分にやっていたし、それ以上のこととなると、もっと情報が欲しかった。
ローマの分割統治という案に対し、ロンディニウムのどの廷臣がどういう意見を持っているか、調べるようにというマーリンへの指示をマーリンの手の者達に握らせた。
「こちらで御会いするのは、久し振りですな、殿」
マーリンがフォークストーンの軍営を訪れたのは、指示を握らせた五日後だった。奥の部屋に通して話を聞いた。指示が届くと即座に進発し、こちらに向ってきたということになる。雨の日だった。
「ロンディニウムの重苦しい空気が嫌になったか?マーリン」
「いえ、むしろ私にはああいう空気が似合っているようです」
マーリンの目には、いつの間にかに凄みが増していた。
「して、どういう用だ」
「そうですね。殿も変わられたものだと思いまして」
「はぐらかすな」
「それが、大切なことなのですよ。戦場で敵を、どう蹴散らすか。もっと言えば、ランスロット卿を戦場でどう凌いでいくか。そういうことばかり考えておられた殿が、気付けば中央の政治をどう探るか、そんなことについて具体的な指示を出してくるようになった」
「まあ、俺もいつまでも子供でいられないことぐらいは分かっている。しかし、そんな皮肉のようなことを言うためだけに、フォークストーンにまで来たというのか?」
「一つ、尋ねたいことがございまして」
「ほう、何だ」
「殿は、何を望まれますか。殿の夢とは、何ですか」
己が夢。夢は、ある。そう思っていた。それが何かは、ぼんやりとして見えていなかった。あえて考えてこなかったとも言える。
「俺の夢か。俺の夢は、頂点に立つことだ」
口を衝いて出た。言ってしまえば、簡単なことだった。考えるまでも無い、夢だ。
「そうですか。ならば、私は安心して働けます。殿には、頂点に立つ男になってもらいます」
「俺も聞きたいことがある。何故、お前程の男が俺に仕えるのだ?手を汚すような真似をしてまで」
「殿が、頂上に立ちたい、などと臆面も無く言うよな男だからですよ」
そう言って、マーリンは笑った。アーサーも笑った。
「そうか。マーリン、酒でも飲んでいかぬか」
「いえ、ロンディニウムに戻らさせて頂きます。ロンディニウムの政治も、今、なかなかに複雑なのですよ。時が惜しい。それに、酒なら、私などよりもランスロット卿などと飲まれた方が楽しいでしょうな」
「まあ、たまには俺のところに酒でも飲みにこい。そういうのも悪く無い、という気がするぞ」
マーリンは、部屋を出ていった。アーサーは、追って部屋を出た。
マーリンの姿はどこにも無い。気配も無い。まるで魔術。
第 2 章 - 円卓の騎士
アーサーは、将軍になった。総督直属である。軽騎兵を追い払って勝利を得たことを功された。ブリタニア総督コンスタンティヌス3世とも初めて顔を合せた。
ブリタニアローマ軍史上、最年少の将軍だ。全ローマの歴史を見ても、アーサー程若い将軍は少ない。
尤も、攻撃が前提の編成のローマ本隊と防衛を主目的としたブリタニアローマ軍を比較することに意味は無いのだが。
前の将軍は、転任が決っていた。そして、自分の後任にアーサーを指名したのだと言う。
将軍ともなると、それなりに発言力も出てくる。コンスタンティヌス3世に直接諮って兵は一万まで増やし、軍営の位置も内陸部からフォークストーン郊外に移動した。
コンスタンティヌス3世は、総督としては武断的すぎる男だったが、アーサーは悪い印象は持たなかった。向うの方でもアーサーを気に入ってくれているようで、様々の面で心尽しを受けていると言ってよかった。
リーバイ・カー以下の上級将校は、将軍と共に騎馬隊を指揮していた男は将軍に伴なって転出し、リーバイ・カーは休養という形で軍を離れるようだった。そして、軽騎兵の襲撃で手負ったもう一人の上級将校は、あの戦の二週間後に死んでいた。
そうなると、上級将校が決定的に不足するということになってきた。一万の軍を通常の編成から大幅に変えて編成した。一隊は、通常の編成で、騎士が一千で歩兵が千五百である。これは、降将ボールス・ド・ゲイネス卿に指揮させることとした。
ボールス卿は先の戦でサクソンの軽騎兵を率いていた男で、本来の能力は騎馬と歩兵を組合せた戦にある男だった。ボールス卿本人は部下の騎士の助命と騎士として尊厳ある死を望んだが、その尊厳をアーサーが借り受けた形で部下にした。サクソンの為、というよりは戦の為に戦をするような男に見えたからだ。
ボールス卿はアーサー軍の内部では上手く言っているように見えた。しかし、サクソンの蛮人を将軍に次する将校として使うことに、ロンディニウムの連中を中心にアーサーへの非難はいくつかあった。
その全てをサクソン人といえどボールス卿は誇り高い騎士であり、またその任命責任者であるアーサーはブリタニア総督直属の将軍である、という論理で跳ね返していた。
そして、残りの部隊が特殊な編成になったいた。まず、後方支援の部隊を二千にまで増強した。軽騎兵の襲撃を受け軍営が陥落しそうになったという反省からである。
後方部隊は、戦闘部隊ではないという扱いだったが、アーサー軍ではこれを軍営の防衛および部隊への補給を行なう戦闘部隊という扱いにした。軍営の防衛および前線までの補給をこの二千に統括させる。指揮は、ガウェイン卿に依頼した。ガウェイン卿は、快くこれを受けてくれた。
そして全く新たに指揮したのが、軍営着きの情報通信部隊である。足の速い者や馬を上手く乗りこなす者を集めて五百の部隊を編成した。斥候および部隊間の連絡専任の部隊で、耐障害性の強い情報通信網を構築することを期待していた。これは、先の戦で軍営に危機を報せたトリスタン卿を引き抜いて指揮官とした。
ガウェイン卿とトリスタン卿も、上級将校の格である。
ランスロットには、騎馬隊を任せた。騎馬だけで、二千騎の部隊である。ランスロット重騎兵と軽騎兵の中間の様な騎兵を考え、調練しているようだった。
そして、歩兵ばかり三千の部隊も編成した。これの指揮官はマーリンということになっているが、実際はアーサーの直属部隊だった。
ランスロットとアーサーの部隊は既存の二千五百編成の部隊を二つあわせて割るような形で編成したから、特殊な編成にも関わらず、比較的短期間で実戦に耐えうる練度を得ていた。
そして、アーサーの隊の名目上の指揮官であるマーリンは、実際にはロンディニウムについていた。
アーサーが好き勝手なことをやっていると、廷臣や他の将軍からいろいろと非難が出てきた。アーサーはその全てを撥ね除けようとしたが、それを止めたのがマーリンだった。気骨を張るべきところとそうではないところがあるとマーリンは話した。
アーサーは、武人として正しいことをしているという意識があったからマーリンの意見には頷き難いところがあった。しかし、自分とマーリンが対立した時、大体正しいのはマーリンだった。
マーリンがロンディニウムでどういう動きをしているか、アーサーは知らないようにしようと思った。マーリンの手の者とも言える兵が、ロンディニウムとフォークストーンを往復しているようだったが、それも気にしないことにした。
マーリンがロンディニウムに入り、三ヶ月もすると、廷臣どもから何かを言われる、ということも大分減った。
こういう体制を整えるだけで、一年が経っていた。ブリタニアは、束の間の平和だった。だから、編成がどうのということも悠長に考えていられた。
軽騎兵という新戦略を潰されたサクソンは、あれ以来侵攻を控えていた。その反面攻勢はハドリアヌスの長城の向いの蛮人の地には積極的に攻勢をかけているようで、結果としてハドリアヌスの長城を越えて北方の蛮人が攻め入ってくるということも無かった。
軍の編成が整うと、アーサーは軍営内部のことに取り掛かった。まず、会議のやり方を変えた。
アーサーから上級将校達に議題を伝え、各部隊の将校や隊長達の意見を上級将校に吸い上げさせ、それを以って上級将校とアーサーのみで会議を行なう、という形である。
従来のやり方では、結局下級将校に発言の機会があまり回ってこないのだ。発言出来ない者がいる会議は、無駄だ。アーサーやガウェイン卿はあくまで例外だった。それなら、部隊内だけの会議を先にやらせた方が結果としてはより多くの者の意見を吸い上げることが出来る。会議一つ一つはあまり多人数にならないから、戦に重要なひらめきのようなものが潰えることもない。
上級将校以上だけの会議を行なう部屋では、会議卓に円卓を使った。誰がどこに座るというのも、定めない。上下の別など気にせず大いに発言を交せる会議であればいいと思ったからだ。尤も、今のアーサー軍の面子ではそういう事を気にする必要はなかった。今後のことを考えてである。
円卓は、十三個の席を用意した。アーサーと、十二人の騎士が座ることが出来る。
男として生まれたのならば、それくらいの数の優秀な騎士を率いてみたいではないか。
第 1 章を PDF にしました。初回公開文から若干修正入ってます。
http://pastorale.jpn.org/Knight_Arthur/01.pdf
軍営近くの丘陵地帯。決戦場に選んだ。
策自体は単純だった。マーリン中心の立案。あとは、それを自分がどう回すか。
雨は、土煙を消す。その音は、馬蹄の響きを消す。それが、どちらに有利になるか、考えないことにした。
軍営を出撃した時、小降りだった雨は、豪雨と言っていいような雨になっていた。ブリタニアの地は雨が多いが、ここまでのものは珍しい。
ランスロットが駆けて行く。先程と同じ編成で、騎馬は全てランスロットに任せた。歩兵は全部アーサーが見る。
ランスロットに、サクソンの騎馬隊が襲い掛かったようだ。戦闘の気配だけは感じられる。
「マーリン、行け」
短かく言った。
「お任せを」
返事は短かかった。二百人が、マーリンについて駆けていった。
丘を登る。駆けない。歩く。丘の頂上に一人、アーサーは伏せる。兵は稜線の向いに隠す。
頂上から、戦闘の様子を見た。ランスロットは二隊に分かれ、四隊に分かれ、それが一隊に戻って突撃をし、と激しく動きまわっている。サクソンの軽騎兵もその動きに追随している。
あの騎馬隊の指揮官が欲しい。そう、思った。
じっと、待った。雨が、激しい。兵達は、躯を冷さないように常に躯を動かさせた。
どれ程、待ったのか。ランスロットは馬を上手く休ませながら、激しい動きを繰り返している。
雲を通してなんとか位置が分かるだけの陽。大分、落ちてきた。
ランスロットの騎馬隊は、もう三百程に減っている。サクソンの軽騎兵も、六百五十程まで減った。
犠牲は同じ程で、同じ犠牲なら兵力の多い方が有利だ。
アーサーは、飛び出しそうになる自分を抑えた。凡人の戦は、どこまで残酷になれるかだ。戦場を大きく迂回している、マーリンの到着まで、残酷であらねばならない。
死ね、ランスロット、俺の戦の為に、ここで死ね。そこまで思わなければ、飛び出してしまいそうだった。
数の少ないランスロットは、サクソンの軽騎兵よりも遥かに動きまわっていた。
騎馬隊の戦場の向いの稜線。歩兵が駆けていた。稜線から見え隠れしながら駆けている。それで、五百以上いるように見えた。マーリンは上手くやった。
もう六百を切ったサクソンの軽騎兵が、一塊になって、マーリンと反対方向に駆けてきた。アーサーのいる方に、駆けてきた。
埋伏を読み切れていない。
ランスロットは、それを追う。二百六十騎、とアーサーは見た。
サクソンの軽騎兵は、丘を駆けあがってくる。ランスロットは、丘の下で動きを止めた。
サクソンの軽騎兵は、あと一呼吸か二呼吸で丘を駆け上がる。アーサーは、剣を抜いた。サクソン人が使うのと、同じ剣だ。そして、振り下ろした。
兵達が、一斉に長槍を持って飛び出した。埋伏の一撃目で、百騎近くが馬から落ちた。
サクソンの軽騎兵は、反転しようとした。アーサーは、剣を振り上げ、振り下ろした。
整然たる一撃。反転中のサクソンの騎兵。また、五十騎程が打ち落された。
サクソンの軽騎兵は、丘を駆け下りてゆく。しかし、隊列は混乱し、逆落しの威力は発揮出来ていない。下で待ち受けるランスロット。
アーサーは、歩兵を前に出し丘を駆け下ろさせた。
サクソンの軽騎兵は、腹背に敵の攻撃を受け、一気に打ち落されてゆく。歩兵の掃討は、残酷で、それはアーサーに見合う戦だった。
サクソンの軽騎兵から、一人が飛び出した。隊長だろう。ランスロットに向う。
ランスロットも、受ける気のようだ。
「殺すな、ランスロット」
そう、叫んだ。聞こえたかどうかは分からない。
サクソンの隊長は、ごく普通のスクラマサクスを手にしていた。
ランスロットは、馬を動かさないで、それを受けた。
アロンダイトの閃き。剣戟。サクソンの騎馬隊の隊長の剣が、斬れた。そう、斬れた。アロンダイトは、剣を斬った。
サクソンの隊長は、そのまま落馬したようだ。
それを見て、軽騎兵の残りの兵も、馬を降り、武器を捨てた。残った兵は、百騎と少しだった。
勝った。しかし、雨が激しい。ランスロットと顔をあわせる気になれない。マーリンとも、話したくない。アーサーは、この戦場で自分一人しかいないような気持ちだった。
雨が、激しい。
遅れる兵が出ている。それは、分かっていた。
「マーリン、最後尾につけ」
それだけを、言った。
「四百と思って下さい」
それだけが、返ってきた。
マーリンは遅れる兵を纏めて、第二隊を編成するつもりだろう。そして、その遅れる兵が六百のうち二百ということだ。
アーサーは、自分の足で駆けていたから、兵の状態がどういうものか、躯で分かっていた。
駆けられる兵は、まだ駆けられる。しかし、そろそろ無理な兵も出てくるころだろう。
遅れる兵が出るからと言って、足を緩める訳にはいかない。
二倍の兵力で、しかも狡知を極める指揮官が率いる騎馬隊を、いつまでもランスロットに相手をさせる訳にはいかない。
最後の一人になるまで耐えるのが、ランスロット・ヴァルカである。だからこそ、一刻も早く歩兵が駆けなければならないのだ。
まだ駆けられる。自分は、まだ駆けられる。兵は、どうなのか。
少しずつ歯抜けが出ている。それは、マーリンが上手く纏めていることを願うしかない。アーサーは、後ろは振り向かないようにした。
自分は、まだ余裕がある。もっと速く駆けられる。それははっきりと分かった。駆けることは、得意だった。しかし、兵達がこれ以上の速さで駆けられないことも分かった。
自分一人でランスロットのところに着いても、何も意味は無いのだ。自分のような男が戦場に一人居ても、意味は無い。ランスロットと違って、自分は兵を率いて初めて価値のある男なのだ。
ただ、駆ける。軍営の方角。地形。兵達の状態。考えるのはそういうことだけだ。駆けることに必要なことだけを考える。
あの丘。越えれば、軍営が見える。アーサーは振り向いた。自分の前にいる兵、後ろにいる兵、併せて四百程。
丘を駆け上がる。頂上。騎馬隊同士の戦いが見えた。
三百騎、四百騎、軽騎兵。五十騎程のランスロットの重騎兵が、七組。
ランスロットは、凄まじい動きで倍の敵を引き回している。
剣は、抜かない。先頭にも、立たない。そんなことは、得意な者にやらせればいい。自分は、自分の出来ることをやる。
歩兵を小さく纏めた。行軍の態勢から、攻撃態勢への素早い展開は、散々調練してきたことだ。
隊長達に更なる指示を出す。丘を、駆け降りる。平原を、駆ける。
ランスロットに引き回されていた、四百騎。敵の騎士の顔まではっきりと見えた。
踊り込む。
まともな突撃なら、騎兵より、歩兵の方が強い。ただ、ここまで上手く当てられることは、少ない。
ランスロットに引き回されている敵が相手だったから、出来た。
一気に崩れる。崩れて逃げたのか。
四百騎、三百騎、合流。ランスロットが自身で率いている五十騎へ向う。
歩兵で止めるのは難しい。迂回。それで追い付けないのは分かっている。
ランスロットは五十騎を十騎ごとに展開させた。自身は一人だ。
七百騎が、ランスロット一人へ向う。十騎に分かれた五十騎が、纏まりなおしている。
ランスロットと七百騎がまともにぶつかる。先頭の男の剣とアロンダイトが斬り結ぶ。ランスロットの横に二騎が回りこんだ。アロンダイトのひらめき。その二騎が一瞬で馬から落ちる。
五十騎が、他の五十騎の部隊を全て纏めあげて、猛然とサクソンの軽騎兵の側面に踊り込んだ。サクソンの軽騎兵は、散ることで、その攻撃をかわした。
再び七百で纏まった。歩兵に、正面から突っ込んできた。四百と数が少ないのを読んでいる。
突っ込む寸前で、軽騎兵は馬首を返して、攻撃を中断した。
そして、そのまま、離脱してゆく。
アーサーは歩兵だから、追いようがない。ランスロットも、追う余力は無いようだった。
何故退いたのか。アーサーが背にしていた丘。その上に、マーリンと二百の歩兵がいた。思っていたより遥かに速かった。
「すまん、やられた」
「なんのことだ」
「四十騎程、倒された」
「犠牲か。しかし、敵も六十程の屍体をこの原野に残したようではないか」
「兵力は半分なのだから、二倍以上の損害を与えねば話にならん」
「おい、ランスロット、歩兵のことを忘れてはいないだろうな。歩兵はまだあまり犠牲を出していない。歩兵を併せれば兵力は未だ一千に近い。それに、半数の兵力で長駆の後の攻撃を命じたのは、この俺だ。もしその四十という犠牲が多過ぎるものだったとしても、責任は俺にある。言っただろう、俺は残酷な指揮をする、と。そしてその指揮の責任を自分で取ることは出来る」
「お前の責任だと俺が思う訳にもいかんが、その言葉だけは受け取っておこう」
「それよりも、ガウェイン卿が心配だ、軍営に向おう」
アーサーとランスロットは部隊を隊長達に任せて軍営に向った。アーサーも馬に乗った。
軍営。設備などは、殆ど毀れていない。
ガウェイン卿。アーサーとランスロットに気付いて出てきたのか。全身に傷を負っていた。
「助かった。一時は、どうなることかと思ったな」
「軽騎兵とぶつかる時に、完全にここのことを忘れていた。俺の失策だ」
「まあお前達に恨み言は言わん。半端な作戦自体に問題があるんだからな。将軍がもうちょっとしっかりしていればあの将校達に押されることも無いのだろうが」
「ここの将軍は調整型の指揮や人事で将軍になった男だ。前例の無い場では力を発揮しきれないのだろう」
「アーサー卿、俺からは、傲慢な男と見えていたが、そうやって人を立てることもあるのだな」
それには何も答えなかった。
「して、卿らはこれからどうするのかな」
「奴等はまださほどここから離れていないはず。次の一戦で、殲滅させる」
「言ってくれるじゃないか」
「俺の歩兵と、ランスロットの騎兵。これがいれば、可能だ」
「ランスロットの戦いぶりは、見させてもらった。指揮も凄いが、ランスロットの剣が凄い。あれが最初に見えた時は、もうこれで大丈夫だと思うことが出来た」
「卿ほどの騎士に褒めていただけるとは、光栄です」
ランスロットが初めて口を開いた。
「いずれにせよ、次で軽騎兵は仕留めます。これ以上暴れさせると戦線が持たなくなる」
「でしょうな。後方部隊の犠牲は百に達する。次の一撃でここは陥ちる」
軍営の外の空。雨が降っていた。
奇襲を受けた。八百騎だ。正確には、七百五十騎程だろう。先の戦闘で、五十騎近くは、倒した。
常に歩兵から離れないように動いた。サクソンの軽騎兵は、二隊の離合を中心とした幻惑するような動きで、歩兵を背にした重騎兵に正面から飛び込む愚はしなかった。
散発的なぶつかり合いで、双方共に殆ど犠牲はなかった。
幻惑に対しては、動かないという対処が一番いい。
こちらが歩兵から離れないと見えると、水が引くようにサクソンの騎馬隊は去っていった。
「全隊の指揮官が、見えたかな」
「八百の先頭にいた、あの男か」
「だろうな。二隊の合流などの動きもあれを中心にしていた」
「正面からの力は、測れなかったという気がする」
「奴等は、こちらの意図を読んでいたのだろう。決して、正面からの動きは見せなかった」
「ほう、ランスロット、お前にはあれがそう見えるのか」
「ああ。明らかに、力を隠していたな。ただ、一つ特徴は見えた。疾駆はさほど速くないが、並足は速い」
「つまり、戦域を広く取られれば、こちらが不利になるか」
「だろうな」
「歩兵の使い道かな。しかし、露骨に歩兵を見せれば逃げられるというのも分かった」
「そこを上手く衝けば勝てるか。しかし、嫌な予感がする」
「何だ」
「見落している物がある気がするのだ」
「ほう、見落している物か」
第二隊、もうかなり進んでいるはず。第一隊、戦闘中だろう。
軍営。ガウェイン卿。後方部隊三百。それしかいない。
「軍営だ、ランスロット」
「なる程、あそこには三百しかいない。しかも、戦闘部隊ですらない」
「騎馬隊だけで、急行してくれ。俺の騎馬隊も連れていけ」
「何をすればいい」
「蹴散らせとは言わん、釘付けにはしてくれ」
「分かった」
ランスロットは素早く愛馬に乗る。剣を抜く。アロンダイト。
ランスロットは、アロンダイトを、中天に振り上げた。
「我が軍営が危機に陥いっている。駆けよ。駆けることに、騎士の誇りの全てを賭けるのだ」
アロンダイトが、振り下ろされた。四百騎が、一斉に動き出す。
気付くと、マーリンが隣りに立っていた。
「おい、マーリン、ランスロットはどこまでやれると思う」
「引き回して、釘付けにするところまでは見事にやりましょう」
「打ち払えはしないか。では、俺達の出番だな」
「ええ、殿の望んだ戦です」
これが、マーリンの話し方だった。
大音声。張り上げる。
「ランスロット卿が駆けている。しかし、この戦の帰趨を決めるのは、我ら歩兵の戦だ。ランスロット卿とサクソンの軽騎兵に、ブリタニアの歩兵の戦を見せ付けてやるのだ。駆けるぞ」
歩兵達から、鬨の声が上った。
アーサーに、振り上げ、振り下ろすような立派な剣は無い。隊長達に、いくつかの指示を出した。
アーサーの歩兵が、静かに動きだした。そう、歩兵はアーサーのものだ。騎馬隊の戦はランスロットのものだが、歩兵の戦はアーサーのものだ。
今度は、どんな動きでもランスロットに遅れを取りはしない。アーサーは、馬に乗らず、自分の足で駆け初めた。
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最終更新時間: 2009-06-11 15:06