http://d.hatena.ne.jp/hiroyukikojima/20100207/1265553342
中学受験を終えて思うこと
というのを読んで触発されて思った。この人の子供は凄く不幸だと思う。この人の子供は「先生が臭い」という理由でサピックス下高井戸校を転校することは不可能だったであろうから。
他人の体験記とかを読んだり聞いたりすると、人生のいろんな局面でいろいろ恵まれていたとは思う。金銭的にどうこうというよりは、多様な選択を親に否定されるということがなかった。
思うところがいくつかあって、中学受験の成否など、本人の資質が全てだ。そこでどういう成功をおさめようと、その後の人生にはあまり影響はない。俺みたいに高卒就職する奴もいんぞ。
なのだから、あまり子供にいろいろやり方を強制するのはよくないし、子供の選択をちゃんと聞いてやれとは思う。
ちなみに、開成中学校、高校というところ、なんだかんだで多様性は全く無い場だった。みんな進路は東大か医学部。京大を選んだら変人呼ばわりされる感じだった。海外の大学に進む人間は一人しかいなかった。軍人になろうとする人間は二人しかいなかった(その内の一人が僕だ。ちなみに落ちた)。経済成長が終った現代であそこに子供を入れるのがいいことなのかどうかは正直僕にはよく分からない場ではある。
小学生が自ら中学受験という選択を選ぶということはまずないのではないかと思う。周囲の中学受験を経て来た人間達は、みな長時間の学習という努力を厭わないという美徳を身につけていた。私事による遅刻を厭わないという美徳を身につけた僕は例外であろうと思う。
多分、中学受験に意味があるとしたらその程度だ。そして、長時間の努力を厭わないのがいいことなのかどうか、僕にはよく分からない。僕は努力しないと出来ないことなど、それを努力しなくても出来る人間にやらせてしまえと思っている。つまり比較優位の話だ。
ただ、厳然たる事実として、国内で働くにせよ、海外に脱出するにせよ、学位がある程度重みを為すという現実はある。
理想を言えば、小学 4 年生の我が子に対して(本格的な中学受験は 5 年生からはじまるので)そういうさまざまな社会情勢や選ぶことが出来る選択肢、その先を解いて、自分に選ばせることだと思う。中学受験など意味のないものだと言い切るのは簡単だが、なんだかんだでその結果はその子の人生を大分拘束してしまう。回りに東大行こうと思ってる奴しかいないところに行きでもしたら、なかなかそれ以外の選択肢というのは見えてこないのではと思う。
それが小学 4 年生の子供相手に通じる話なのかどうかは、僕は自分で子供を育てたことが無いので知らない。
まとめて言えば、親は子供に対して常にいろんな選択肢があることを示してあげるべきだと思う。それが出来なくても子供の選択の邪魔はしないべきだと思う。それで子供が失敗したとしても、所詮はそいつの責任だ。最低限 22 歳ぐらいまでは親の方でセイフティネットを用意してあげて、後は放っておけばよろしい。
これは極端な話としても、せめて子供が「学習塾の先生が臭い」と言ってきたら学習塾を転校させてあげるべきだ。算数の葛西先生はそれくらい臭かった。