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屋久島沈没 / 2009-11-25


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2009-11-25 Wed

足利尊氏ってこんな人

後醍醐天皇に乗って倒幕に参加
後醍醐天皇の政治がクソなので、武士の土地保証を独自に開始
後醍醐天皇の息子護良親王に邪魔されたので、周到に追い詰めて鎌倉に幽閉
機会を上手くつくって鎌倉を奪取
キレた後醍醐天皇が新田義貞を仕向ける
尊氏、天皇に反逆してる事に気付いて発狂
発狂して、寺に閉じ込もる
尊氏の弟の直義、しかたがないので自分が出陣
直義ボロ負け
尊氏、出陣
尊氏のありがたい台詞「弟の直義が死んだとしたら、俺が生きている意味は無い」
尊氏、新田義貞を破る
尊氏、そのまま京都に攻め登る
奥州から帝方の北畠顕家が追って来た
尊氏、京都でボコボコにされる
尊氏、九州まで逃げる
尊氏、逃げる途中で皇室の偉い人から旗を貰う
尊氏、九州で千人ぐらいの軍を纏めあげる
尊氏、菊池軍三万に襲われる
尊氏、千人で三万に勝つ
尊氏、九州で大軍を纏める
尊氏、上洛
上洛途中に楠木正成を殺す
上洛して後醍醐天皇を追い出す
奥州からまた北畠顕家が来た
尊氏の執事の高師直が頑張っておいかえす
尊氏、政治は弟の直義に、軍事は執事の師直に全部押し付ける
尊氏、鬱モードになって家に引き込もる
尊氏、何もしない
尊氏と散々対立した後醍醐天皇死んだ
尊氏、悲しみまくって後醍醐天皇の為に寺を作る
当然のように権力を分け与えられた直義と師直、対立する
尊氏、何もしない
直義と師直の対立がヤバくなる
尊氏、京極導誉と一緒に能を見まくる
尊氏、座禅にもはまる、政治は放置
尊氏、直義と師直の対立は放って、側近にイケメンを集めはじめる
尊氏、夢窓疎石の弟子の饗庭氏直がイケメンだったので側近に上げる
楠木正成の息子が叛乱をおこす
尊氏、対応を全部直義と師直に丸投げ
尊氏、能を見てたら、ファンが大暴れしてステージ壊れた
尊氏、この頃、側近のイケメン集団に「花一揆」と名付ける
尊氏、花一揆の隊長には「容貌天下無双」と謳われる饗庭氏直を据える
直義と師直の対立が暴発
尊氏、何も考えてなかったら師直に担がれることに
尊氏と師直、直義に追い詰められる
尊氏、師直を犠牲にして逃げのびる
尊氏、直義を殺すことにする
尊氏、直義を物凄く姑息な手段で鎌倉に追い詰める
尊氏、鎌倉の直義を攻める
尊氏、弟の直義を毒殺する
尊氏、側近のイケメン軍団と一緒に鎌倉に寺を作りまくる
尊氏、新田義貞の残党に襲われる
尊氏、新田義貞の残党に負けて鎌倉から逃げる
尊氏、小手指で新田義貞の残党と闘う
尊氏の側近のイケメン軍団「花一揆」大活躍
「花一揆」なんとこのころには総員六千人に到達
尊氏、イケメン六千人を引き連れ京都に戻る
尊氏がかつて捨てた息子の直冬が京都に攻めてきた
尊氏、直冬を倒す
尊氏、病死

日本史上最大の狂人の一人足利尊氏の一生です。

尊氏の人生で最も特筆すべき事項は、イケメンを六千人もあつめて「花一揆」などという名前の武士団を作ったことかと思います。

もっと注目されてしかるべき人物だと思う。







「男色の相手」という名目で将軍直属隊を作って、権力を持ちすぎた側近を始末することで将軍権力の強化を図った、というのが真面目な理解になるかと思いますが、何もせずに、遊び呆けてた時期があまりにも長いので、何も考えていなかっただけかと思われます。

ちなみに、花一揆は後の奉公衆の母体である可能性が高いので、結構重要なオブジェクトと思われますが、饗庭氏直と花一揆は歴史の教科書には全く載ってないですね。


ステージ崩壊事件を気にされてる方が多いようなので追記します。ステージ崩壊事件については [2009-06-12-1] を御参照ください。

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最終更新時間: 2010-07-29 23:21