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屋久島沈没


おまえらどうせ古文漢文日本史世界史なんて興味無いだろ

はてなブックマーク - 金融日記:金融と経済を義務教育で教えよう
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古文漢文は重要だ!!みたいなこと言ってる人が何人か見受けられますが、基本的に古い文学って読んでも何も得無いですよ。

そして、日本の学校教育の古文と漢文は腐っていて、あれが重要だと思うってのはろくに古文漢文を読んでいない証拠でもあると思う。

更級日記っていう割とよく学校教育でも扱われる日記文学があるんですが、これはどういう話かというと若いころにラノベにはまりすぎて人生がおかしくなった腐女子が中年になってから若い頃からの思い出話を書いた話です。これが何故学校教育でよく使われるかというと、中二病丸出しの文章で難しい表現や文法を使いまくっていて試験問題知識を教えるには都合がいいからです。

まあこれは一例ですが、正直日本の古典というのは小説はだいたい今のラノベみたいな内容で、日記文学は mixi の日記です。逆に言うと、今でもそういう文学文化が引き継がれてその直系に位置するような作品や日記が次々と生み出されているというのは素晴しいことかもしれない。

明治時代に欧州文化の影響を受けた人達がいろいろと新しい小説を書いたおかげで純文学というのが出来たんですが、どちらかというと日本の文学の本質は大衆文学の方にあって、端的に言えばラノベやエロゲが日本文学の本質であると言えるでしょう。

江戸時代を例に挙げて考えてみれば、黄表紙がラノベで春本がエロゲです。

エロゲなり春本なりをプレイしたり読んでみたり、古今著聞集の伝えるところの平安時代のエロ本の話を読んだりする限り、これはあまり時代による変化が無い。

あるいは源氏物語と江国香織の小説を比べてみると結構似ている。

古典だけに存在していて現在では失しなわれてしまった価値というものは無くて、逆に古典には無くて今にだけあるという価値というのも実はあまり無い。

無いんだから、現代文だけ読んでりゃいいんじゃねーの?って思う。なんとなく興味が湧けば読めばいいというくらいのもんだと思う。

でも、古文にも面白いものは多いから読んで損はしないと思いますよ。

個人的には、『平治物語』『莵玖波集』、あたりがおすすめです。莵玖波集に載ってる京極導誉や足利尊氏の句は二人が付き合ってる感がヒシヒシと伝わってきて面白いですよ。あるいは能台本とかも面白い。能というのは抑揚が付きすぎてて、能の舞い自体を観に行っても何言ってるかなんてなんも面白くないから、家で能の DVD でも観ながら台本を読むのがいいと思う。

漢文も、学校教育で扱われるのは理屈っぽい糞みたいな文書ばっかなので、あんまり面白くないし読み辛い。漢文の学校教育では天地人の点とかまで習いますが、あんなのが使われてるのは余程の駄文だと思っていい。読み辛い文法を用いる文章はいい文章では無い。

漢文ではストイックに過ぎるところはあるけどやっぱり三国志とか左氏伝(全然関係無いけど、杜預の解説が有難がられる意味が分からない)とかは面白いし、漢詩なんかにもすげー奴が沢山ある。

けど、それを知っててどうなるの?っていうのは確実にある。僕は古文と漢文をそこそこ読めて人並よりはちょっと多めにそういう典籍を読んできたけど、それで思考力が磨かれたということは一切無いし、酒やおいしい食べ物を楽しむように一時の楽しみとしてきただけだ。それで心が豊になったりするかというとそんなことは無い。

文学なんて所詮そんなものだし、所詮そんなものだから面白い。面白い「だけ」のものなんだから難しいこと考えないで楽しめばいいし、無理して「価値」があるなんて背伸びしたこと言うのはかっこわるいと思う。

僕の意見としては、古典文学とかマジどうでもいいから、学校教育で本気で扱う必要は無いと思う。でも面白いものの莫大なライブラリーに全く手を出せないというのは不幸である気もするから(中国と日本というのは奇形的に文学が発達していると思う)とっかかりになるようなものを学校教育ではさらっと紹介していけばいいんじゃないかなーって思う。少なくとも、つまらない、文法的に難しいだけの文章を読ませる今の古典教育はやるだけ無駄、古典離れを増長させるだけ。

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