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高密度小池


荻野とか糸柳のこととか [日記][破滅の人物]

荻野のこと
荻野逮捕直前に俺とマラと荻野の三人でボンバーマンやったけど荻野は俺より強い。以上。

糸柳のこと
俺が糸柳に初めて会ったのは去年の 11 月だか 12 月だかだったと思う。そろそろ付き合いは一年になる。糸柳は幼児期から少年期にかけて母親に虐待を受けて育ってそのせいで異常者になったというよくあるケースの人間だ。最初に糸柳のことを認知したのは、糸柳が借金をかかえて異常が肥大して渋谷で Web 系を殺すなどと言いまくってた時期で、当時の俺は観測範囲が狭かったし、 Web 系、というかエンジニアと全然違う世界の仕事をしていたので糸柳が何をしている人なのかとか全然知らなかった。異常者だということもまだ知らなかったので、面白い発言する人だなーと思って見てた。この糸柳に 100 万円を貸すマラという人もどういう人なのだろうかと思った。

んでその糸柳が引越しにともない旧居の掃除をしたいが人手が足りないのということで Twitter で掃除を手伝う人員を募集していた。俺は面白全部でそれに参加を表明した。俺の他 yuiseki など数名が掃除には参加していた。糸柳が到着して糸柳の旧居に進入すると壁も床も作り付けの棚も全てが破壊されていた。糸柳の部屋の使い方があまりにも酷かったせいだ。結局糸柳の部屋は不動産屋の手で掃除、というか徹底的な破壊が為されていたので、掃除オフは中断となった。その後糸柳が持ってきた台車の上に俺が乗っては道の上を爆走、車に轢かれそうになっては japo った、japo ったと大騒ぎするなどといったことをした。 japo というのはバイクを運転していたところトラックに轢き殺された人物のことである。当時 japo が死んだことが周知されたばかりの時期だった。その後ファミレスで糸柳の奢りで飯を食い解散した。糸柳はマラの 100 万円がこのように無駄に消費されるのだなどと言って大騒ぎしていた。

そして時は過ぎて 2007 年 12 月 14 日。俺の誕生日イブである。金曜日であったと思う。俺がその数日前に当時殆ど交流の無かったマラの家に行きたいなどと言ったところ、マラが来ていいよなどというのでマラの家に行った。他にも数名がマラの家に来ていた。マラが同居人探しをしていたとかそんな背景があったと思うが細かいことはもう忘れた。当時の俺は会社を辞めることを決めており、次の仕事が見つかっていないという状態だった。以後今に至るまで企業に所属することはしていない。そんな話はどうでもいい。マラの家では飯を食ったりケーキを食ったりした。 monado が泥酔していて酷かった。俺はマラの家で誕生日を迎えた。 anemo が nagayama のベッドに潜り込んだりしてた。翌日経緯は忘れたが、糸柳の家に行くことになった。他に数名がいたと思うが、誰がいたか忘れた。糸柳の家に初めて乗り込んだ俺は正直驚きを隠せなかった。

汚ない。汚なすぎる。それに悪臭も酷い。

室内は一切の整理がされておらず、猫が自由闊達に徘徊している。猫のせいで悪臭が酷い。訳の分からないダンボールが積み上げられており、床にはゴミが散乱している。靴を脱ぐことが出来ない汚なさであり、およそ生活空間であるとは思えなかった。その時でなく後に撮られたものであるが写真を掲載しておく。









誕生日にこんな場所に来た俺の次の一年はろくでもない一年になるんだろうと思った。

次に糸柳に会ったのは 2008 年 1 月初頭である。俺は年賀状を作った。ネズミ年だったので、上半分にドブネズミがゴミを漁ってる写真を貼りつけ、下半分に常識的な新年の挨拶を書いた年賀状を作成した。糸柳の家はそんなに遠くないので、糸柳の家まで自転車で直接持っていくことにした。マンションのポストに投函して帰ろうと考えたが、せっかくなので、糸柳の家行ってみることにした。糸柳の部屋のチャイムを鳴らすと誰も出てこない。いないかと思って帰ろうとしたら糸柳が出てきた。寝ていたらしい。俺は糸柳と与太話をして年賀状を渡して帰った。以下がその時の動画である。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1942116

この直後ぐらいに俺は会社を辞め、以後 2 ヶ月ぐらい仕事も金も無く金が無いので遊びにいくことができず、一日中インターネットを見るばかりの生活を送るようになった。俺はあまりにも暇なので観測範囲を極限まで広げ 4 万件を越えるフィードを読み、 Twitter 経由で成立したカップルをストーキングするなどといったことをしていた。当時のことを書いたのが以下の記事である。
http://pastorale.jpn.org/2008-03-23-1.html

2 月後半ぐらいになると、俺は人に奢ってもらうという手段を思い付き、 Twitter で金が無い金が無いので飯食ってなくて腹が減ったなどと post をしては人の同情を引いては飯を奢ってもらっていた。金がなくて飯食えてなかったのはマジ。ネット乞食である。正直この辺黒歴史なこと多いので忘れたい。

で観測範囲を広げた結果、糸柳が幼児期から少年期にかけて母親から押入の下の段に閉じ込められる、殴る蹴るなどといった虐待をされていたこと、父親は自殺したこと、糸柳の兄はカルトに入り狂ったこと、姉は姉でよく分からない状況になったこと、糸柳の本当の父親は誰なのか全く分からないこと、中卒であること、夕刻、死体に殺されるという幻想に取り憑かれた糸柳が殺してやると絶叫したところ隣人がうるさいと怒鳴り、隣人こそが死体であると考えた糸柳は隣人を殺そうと思いたち、刃物を手に執ると隣人を殺しにいき、隣人の部屋の扉を包丁で殴りつけ包丁をドアポストから隣人の部屋に投げ込み殺してやると絶叫していたところ警察に取り抑えられ都立松沢病院に措置入院となったことなどを知った。

で忘れもしない 4 月 10 日。糸柳が失踪した。会社のデスクにノートを放置したまま財布と携帯だけを持ったまま糸柳は何処かに消えた。下林が糸柳とチャットをしていて、結果糸柳が失踪した時刻などが細かく特定された。 enraku jazzanova kusigahama などが糸柳の家を捜索したところ、糸柳は家にいない。そしてトイレには大量のうんこが残されていた。それぞれが各所に対応し、そして前述した通り糸柳は猫を飼っているのでその世話をどうするかという話になった。その時一番暇そうな感じなのが俺だったので俺が世話をすることになり、しかし金がないので、糸柳の猫の世話代をくれなどと Twitter で言ったところ、およそ 5 万円が集まった。糸柳が働いている会社であるところのドワンゴの凄く偉い人(野武士の棟梁)の溝口 coji さんなどからいきなり電話がかかってきて、焦ったりした。結局 1 週間高だかそこら糸柳の猫の世話をし、糸柳とは別件の(完全に別件ではないのだが)ドワンゴで開かれた動画配信勉強会に出席したところ、溝口さんから糸柳が発見されたことを知らされた。糸柳から俺にピースフルシットワールドという名義で 5 万円が振り込まれていたりして楽しかった。動画配信勉強会のあとの懇談会で、りっくんはニートだからとか言って coji さんが奢ってくれた。

そんなこんなでその後も何度も糸柳と会って、そこそこ仲良くなって今に至るのである。糸柳は凄く頭がよくて真面目な努力家で結果として高い技術や画力を持ってて、すげー尊敬してたりするんだけど、そんなことここに書いても面白くないので書かない。

というオチも何もない話。ただの日記。全部読んだ人残念でした。

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