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おとといから昨日にかけてマラの家とか糸柳の家とか行ったんですがそのときの会話とかから思ったこと。
マラとか@monadoとかがついったーの非対称性は偉大だとか、気持ち悪いことをいろいろ言っていたんですが、そういうのを纏めるとついったーにしろ魔法のiランド(笑)にしろモバゲー(笑)にしろcodereposにしろ凄いところはみんな一緒なんだと思う。なんでも言えて、しかもそのクソのような発言なり文章なりコードなりを皆に読んでもらえる、ということ。
インターネットは個人が簡単に情報を発信できるとかなんとか言われてもう10年ぐらいになるけど、ブログの登場まではHTMLを書ける変態どもしか情報を発信出来なかった訳だし、ブログなんかが出来ても一言みたいなのを言いまくるというのは難しい雰囲気があったし、ネットリテラシーの低い女子高生や女子中学生はまだまだ気楽に情報や文章を発信できなかった。
しかしいまやついったーでクソを撒き散らしまくることが可能であり、アホのようなコードを書いてはcodereposに投げてそれをダンなどに見せてやることが可能であり、女子高生たちは楽に携帯小説などを書いてはそれを見てそしてそれを大量の女子高生などに見せることが可能となった。
本当の意味で個人が簡単に情報や作品を発信できる環境というのがやっと整ったということだ。発信だけじゃない。それを簡単に受信することが出来る。誰かに自分の発したものを受信してもらえれば、評価がもらえたり、コードを直して貰えたりできる。それが本当に簡単になった。
それぞれのコミュニティにはいろいろと問題はあるのは明らかであるが個人がマスの評価を簡単にうけられるというのは本当に偉大だ。これまでは誰の目にも入ることのなかった偉大なる才能の原石達が多くの人の目にとまり評価やレスポンスを受けては研磨され磨かれていくという環境がいまやある。
お前ら、ついったーでクソを撒き散らせ/codereposにコミットしろ/携帯小説を書け
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最終更新時間: 2010-03-16 16:18