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屋久島沈没


歴史から学べることは、人は歴史から何も学ばないということだけだそうですね & 水滸伝の英雄と現代中国

日中戦争という戦争が昔あったんですが、大体戦争の構図としては、金と北宋の戦争と同じ感じでした。

つまり日本は金が取った漸進戦法を真似すれば中原あたりまでは確実に抑えられた可能性が高そうな感じなんですが、実際には点と線だけを確保して延々と南進するという戦略を取ったので惨憺たる結果を生んだらしいです。

最近その金と北宋の戦争の英雄であるところの粘没喝(こう書いて モティエホ と読みます)の事績なんかを調べているのですが何となくそんなことを思いまいた。ちなみに粘没喝というのは岳飛のライバルとして有名な兀朮(ウロジュ)の大体一世代ぐらい前の人物です。ちなみに田中芳樹さんが『岳飛伝』というタイトルで翻訳していた『説岳全伝』などでは岳飛と兀朮は散々戦いますが、史実では一度も岳飛と兀朮は戦っていません。なんでこういうイメージついちゃったんでしょうね。

んであんまり関係無いんですが、さらに考えることとして、民主党の鳩山由紀夫さんという人が今いるんですが、この人が言ってる「東アジア共同体」っていうの、思い切り「大東亜共栄圏」と被ってないですかね。ぼくには全く同じことを言っているように見えるのですが。あんまりその辺りのこと突っ込んでる人いないように思えるのですが大丈夫ですかね。戦争になっても知りませんよ。

まあ日中戦争、太平洋戦争初期の報道や国民の熱狂の記録を見れば分かる通り、戦争というのは実際に戦場に立ったことの無い人間にとっては極めて面白いコンテンツなので、それはそれでいいかなーとも思っています。

ところでこれもまた余り関係無いのですが、今の中国、北宋末期とあまりに情勢が被ってるような気がするんですが大丈夫でしょうか。

北宋というの言ってみれば「中国の近世の始まり」と言っていいような時代で、 10 世紀後半から 12 世紀初頭まで栄えていた国です。もっと分かりやすい言い方をすれば、水滸伝の舞台になった時代です。

五代十国時代の混乱を治めた北宋は、文化的にも政治的にも爛熟して科挙なんかが実際に上手くまわり始めたのもこの時代らしいです。

運河を使った水運というのが隆盛を極めて、北宋の首都の東京開封府というのも国を横と縦に貫く運河の結節点でした。

んで首都東京開封府は凄い盛り上って、城壁の外にまで都市が広がって、街中には二十四時間営業のファストフード店とかも立ち並んでいたり、ケータリングサービスやってる業者がいたり、ペット向けのケータリングすらあったり、というのが 12 世紀中頃、北宋崩壊直後ぐらいに昔を思い出す形で書かれた『東京夢華録』という本に書いてありました。この本 Amazon とかで買えます。

そんな感じで北宋が繁栄したというのは、まあ戦乱が治まったというのと水運が発達したのというのと以外にもいくつか理由があります。

その中で最も大きな理由が、経済の中心がかつてとは全く異なるものになった、ということです。

それまで税金やら流通やらの中心になっていたのは、まあやはり穀物だった訳ですが、北宋のころにはその流通の中心が塩になりました。塩です、塩。

日本でも「敵に塩を送る」の逸話などがあるように、塩というのはまあかかすことが出来ない。例えばコミケで同人誌を買い漁って疲労の限りにある時などに塩辛い食べ物を食べたりすると、そのしょっぱさを感じなかったりする、ということが皆さんもあると思うのですが、こういうことから分かる通り塩というのは体を動かすのにあたって非常に重要な役割を果していて、食わないと死ぬ訳です。

んでその食わないと死ぬ塩を国家の専売にすれば儲かるじゃんねえという考えは中国ではかなり古くからあって、漢の武帝のころに桑弘羊というのが出て塩の専売制を導入しています。これは最初は成功したんですが、既得権者や儒者の反対にあって潰えてしまうのですが(この辺りの論争はちょっと後の時代の桓寛という人が『塩鉄論』というタイトルの本に纏めています。この本も Amazon で買えます)、まあとにかく僅かの期間であれ結構大きな効果を上げた。三国時代の蜀の諸葛亮なんかもこの辺りいろいろやろうとしてたりします。まああまり上手くいかなかったらしいですけど。

んで古来から塩の専売という考えはあったのに、長期的な成功を得ることが出来なかったのが何故なのかというと、やはり既得権者とかがいたりするのが大きかったようです。国家による専売というのはつまり民間人の商売を奪うという訳ですから、当然その民間の商人が反対してくる訳です。商人というのは政治的な地位が無くても金があるのでその金を使って政治に影響力を与えてくるという訳です。

北宋がなぜ塩の専売を成功させたかというと五代十国時代の大混乱でそういう既得権者の力が弱まっていたのと、中国を久し振りに統一して合理的な流通ルートを敷くことが出来たからだそうです。凄いですね。

そんな北宋の作った塩の専売なんですが、以後清の時代まで中国政府の歳入の主柱であり続けました。

北宋は結構上手く言っているように思えたのですが、半ばになるといろいろ問題が可視化されてきました。

まず大きな問題点が、王安石の新法(気になる人は適当に調べて)以後、塩の専売や各種農政関連の租税のありようが、極度に都市部重視になったことです。詳細なんぞ書いてもしかたないので書きませんが、北宋も終盤にさしかかるころには、地方を都市部が搾取しまくるという社会構造が安定して、地方は慢性的に不景気で都市部は極度のバブル景気、という状態になっていた訳です。先に挙げたような北宋の文化的な爛熟や東京開封府の二十四時間営業の店がいくつも立ち並ぶというような奇形的な繁栄はこの辺に原因がある訳です。

そしてもう一つの問題点が塩の専売です。塩の専売というのは塩が儲かるからやっている訳で、塩を密売する犯罪組織が沢山出てきました。塩の専売は国家の歳入の柱なのでこれが崩れると国がやってけなくなるので北宋側も武装警察やら軍やらを出してこれを潰していった訳ですが、現在の麻薬密売の状況などに見られる通りイタチごっこな訳です。冗談のような本当の話なのですが、北宋の歳入の九割が塩の専売からの収入で、支出の九割が塩の密売を潰すことが主目的の軍事費だったのです(軍事費については若干の対外戦争などもあったのでこの限りではないのですが、まあ対外戦争も国外からの塩の密売の防止という意味も大きかったらしいです、また塩の専売については中国塩政史の研究っていう本が結構参考になります)。

んでこれら二つが複合的に結び付いて出てきた問題が社会の腐敗です。極度のバブル景気から都市部では賄賂政治が横行して、地方部では役人と塩の密売組織が結託するというような事態に陥っていきました。

こういう話から分かる通り、塩の密売組織というのは現在の蛇頭に代表される犯罪秘密結社の源流と言える存在です。ちなみに北宋期というのはこういう犯罪組織以外にも社会の中に結社構造が多数発生した時期で、現代中国社会の中心的な概念である「関係(クァンシーとか読みます」が出来たのもこの頃と言っていいかと思います。

社会は腐敗して、さらに地方を収奪して都市部がバブルを起すという構造もいくらなんでも無理がありすぎたので、やっぱり崩壊してしまいました。

この崩壊を元ネタにしていろいろ講談なんかをくっつけていったのが後に『水滸伝』として知られるアレです。

水滸伝の登場人物のうち、宋江、童貫、蔡京、方臘なんかは史実上の人物です(これ以外にも多くのキャラが史実上の人物がモデルにされてます)。んで水滸伝というのは 108 人の荒くれが梁山泊に集まって大暴れしてそのリーダーは宋江、というような話なんですが、史実でも宋江は梁山泊を中心にして武装蜂起を起しています。水滸伝の宋江は皇帝に忠誠心篤い人物という感じなのですが、史実の宋江はどうも塩の密売組織の実戦部隊長だったようです。史実の宋江は高い税に不満を持つ周辺住民を焚き付けて蜂起すると、塩の密売ルートの近くの軍を狙い撃ちにして打ち払っていったのです。そして最終的に制圧されるのですが、首を奪られたという記述が史書のどこにも見受けられない為、全てがグルになっていたという可能性すら考えられます。まあそんな感じ。宋江が叛乱を起したのは北宋滅亡直前なんですが、その頃にはこんなに酷いことになっていたわけです。

そして北宋滅亡の直接の切っ掛けになった人物が方臘です。これは水滸伝では江南で叛乱を起して討伐にきた梁山泊軍を苦戦させるも破れて死んだという人物なのですが史実でも大体同様です。

史実の方臘は、派遣労働者から闇の密売組織(塩やこれまた専売品だったお茶を扱っていました)のボスに駆け上がったというブックオフの社長のような人物で、江南一体の犯罪組織のリーダー的な存在でした。そしてさすがに派手にやりすぎたので国からの締め付けが入ったのですが、ここで方臘は常軌を逸脱した反抗手段を取ったのです。方臘は宗教組織のリーダーという立場を隠れ蓑に闇の密売組織をやっていたのですが、かなり宗教的なカリスマも有していた人物だったようで、その宗教組織を使って民衆を焚き付け蜂起を起させると同時に、各地方軍に働きかけてこれを味方にしてしまったのです。通常の叛乱とはもう全然規模が違う。

これにより方臘はかなりの短期間で江南を完全制圧して、宋から独立した草頭王朝を江南に築くに至りました。さすがにこれはヤバいという訳で、宋は北の国に遠征させる予定だった宋の主力の大軍をそのまま方臘のところに派遣しました。この討伐軍の司令官は宋軍の総帥童貫自身で、宋としても国家の緊急事態と受け取っていたことが分かります(最も童貫は宦官ながら七十歳を越えても最前線に立って戦ったという怪人物なのでちょっと事情は違うかもしれませんが)。

方臘と童貫の戦いというのは熾烈を極め、半年間の戦いの後に方臘は韓世忠という冗談みたいに強い武将が活躍したせいもあって捕えられたのですが、童貫の宋主力軍は事実上瓦解してしまいました。また方臘が宗教で味方につけた民衆を盾に使ったりしたり、童貫軍の将兵が激しい略奪を繰り返したというのもあって、この戦争が終わるころには江南で合計七十万から百万程の人間が死んだらしいです(ちなみに僕はこういう皆殺しの戦を淡々と指揮し続けた童貫という人間に凄く興味があります)。

これにより北宋の国力は一気に衰退し、北の国境線を維持することが出来なくなり、女真族の国の金の攻撃を受けて一気に崩壊してゆくわけです(まあ方臘戦のあと宋は耶律大石という強敵とも戦った訳ですが、これは書き始めると僕の思い入れが強すぎて止まらなくなるのと話の本質ではないので省略します)。ちなみにその女真族の軍の事実上のリーダーがさっき挙げた粘没喝くんという訳です。

んでこの話が今の中国とどういう関係があるかという話ですが、今の中国は地方が疲弊して北京や上海のような大都会がバブルを受益するという社会構造ですし、また江南地域を中心として地場信仰の影響力が格段に増してきているという事情があったりもします。国の規制に食い込んで不法に利益をあげる組織犯罪や役人の腐敗というのも冗談ならない域にまで到達しているようですし。また地方軍を中心に事実上の軍閥化の動きが出てきていたり(上海軍なんか酷いもんです)と実に北宋末期と似通った社会情勢になってきちゃってる感じです。

僕が生きてるうちぐらいに中国は大崩壊すると思うのですが、あんまりこういう話を聞かないので、みんな水滸伝を読んだりすればいいんじゃないかなあと思います。

さっきも書きましたが戦争はコンテンツなので是非大戦争が起きてくれたらと思いますし、そう思わない人は歴史を振り替えってみたりすればいいんじゃないですかね。

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